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徳川家治のエピソードを紹介!愛妻家?徳川吉宗を慕っていた?人情深かった?

徳川家治(1737(元文2)〜1786(天明6))は、江戸幕府の第10代将軍です。

幼い頃より聡明で、祖父・徳川吉宗の寵愛を受けながら育ち、名君になることを期待されました。

しかし、実際は老中・田沼意次に政治を任せ、自らは趣味に没頭するなどしており、非常に評価の分かれる人物です。

2024年のテレビドラマ『大奥』で、亀梨和也さんが演じられることでも話題となっています。

そんな徳川家治には数々のエピソードが残されています。この記事では、徳川家治に関するエピソードを見ながら、その人柄について簡単に解説していきます。

徳川家治は徳川吉宗を慕っていた?

徳川家治は、8代将軍・徳川吉宗の孫にあたる人物です。

その徳川吉宗は大変徳川家治をかわいがっており、徳川家治も徳川吉宗のことをとても慕っていたという話があります。

この2人はどのような関係を築いていたのでしょうか?

ここでは、徳川家治と徳川吉宗の関係に関するエピソードを簡単に解説していきます。

徳川家治は徳川吉宗に可愛がられていた?

徳川家治の父・徳川家重は生まれつき言語が不明瞭であったため、祖父の徳川吉宗は十分な教育を施すことができませんでした。

そこで、孫の徳川家治に期待することにします。

そんな徳川家治は、幼少期からとても聡明で、徳川吉宗が教えることを次々と理解して吸収していきました。

徳川家治が徳川吉宗から学んだものは、

  • 勉学
  • 帝王学
  • 将棋
  • 絵画
  • 鷹狩
  • 芸事

以上のように、多岐に渡りました。

徳川吉宗は自分が死ぬまで徳川家治のことを寵愛し、徳川家治も徳川吉宗のことを生涯慕い続けました。

徳川家治の書を見て徳川吉宗は喜んだ?

ある時、徳川家治が草書体で「龍」の字を紙に書いていました。その際、あまりに勢いよく書いたため、最後の点の部分を書く場所が無くなってしまったのです。

どうするのかと徳川吉宗が見ていると、徳川家治はなんのためらいもなく紙からはみ出しつつもしたたかに畳に点を打ちました。

このことから、徳川吉宗は、

「既存概念に囚われない大胆さ!これぞ天下人にふさわしい器量を持った子だ!」

と、たいそう喜んだそうです。

なお、このエピソードは、徳川家公式記録である『徳川実紀』に記されています。

徳川家治は徳川吉宗に倣って質素倹約を心がけていた?

徳川吉宗のことが大好きだった徳川家治は、生涯徳川吉宗のことを意識した生活を送っていました。

衣服や生活スタイル、食生活なども意識しており、徳川吉宗に倣って質素倹約も心がけていたようです。

普段と違った食材がお膳に入っていると、

「これは先々代様も食されたものなのか?」

と確認するほど徹底して意識していました。

また、徳川吉宗は、倹約の1つとして大奥の大幅な経費削減を行っていました。

徳川家治もこれに倣ったのか、大奥を必要としていなかったということもあり、さらなる大奥の経費削減を行っています。

徳川家治の経費削減は、なんと徳川吉宗時代から3割も削ったそうです。

徳川家治は愛妻家だった?

徳川将軍は、基本的に一夫多妻で、正室の他に側室を持つのが当たり前でした。後継者を確実に残していくために必要なことだったのです。

しかし、徳川家治はなかなか側室を持とうとはしませんでした。

それは徳川家治が愛妻家だったからです。ここでは、徳川家治が愛妻家であるということを表しているエピソードを簡単に解説していきます。

徳川家治は側室を持つことを嫌がった?

愛妻家であった徳川家治は、側室を決して持とうとしませんでした。

しかし、将軍である以上世継ぎを生んでもらわなくては困ってしまいます。

正室・倫子との間には子供ができましたが女の子で、男の子はなかなかできませんでした。

このことを危惧したのが、徳川家治の乳母の松島です。

松島は、老中・田沼意次と相談し、徳川家治に側室を持つことを提案します。

最初は、なかなか了承しなかった徳川家治でしたが、田沼意次も側室を持つということを条件に渋々側室を持つこととなりました。

徳川家治は子供ができると側室と縁を切った?

渋々側室を持った徳川家治でしたが、側室との間に無事に後継者となる徳川家基が誕生します。

すると、徳川家治は側室のもとに通うことをやめ、徳川家基の養育を倫子に任せました。

そして、夫婦水入らずで子育てを楽しんでいたようです。

やはり、徳川家治にとっては、正妻の倫子が最優先ということだったのでしょう。

徳川家治のその他のエピソードは?

徳川家治には、他にもまだまだエピソードがあります。将軍として行ったことは少なかったですが、その才能は様々な場面で発揮されていたようです。

ここでは、徳川家治のその他のエピソードについて簡単に解説していきます。

徳川家治は他人に気遣いのできる謙虚な人物だった?

徳川家治は、将軍でしたが、家臣など周りの人間に気遣いのできる謙虚な人物であったと言われています。

その謙虚さを表しているエピソードが明け方のトイレの話です。

将軍の起床は6時となっていましたが、50歳近くになった徳川家治はそれよりも早くに目を覚ますことが多くなっていきました。

小姓たちは当然、将軍の起床に合わせて朝食の準備や身の回りの世話をしていますから、徳川家治が早く起きたのであれば、小姓たちも早く起きなくてはなりません。

そこで、徳川家治は音を立てて小姓たちを起こしてしまわぬように、6時になるのをひたすら床の中で待っていたそうです。

仮にトイレに行く場合でも、当番の御納戸役を起こさないように、抜き足差し足で廊下を歩いていたと言われています。

このように、徳川家治は、他人を気遣うことのできる謙虚な人物だったのです。

徳川家治は人情深かった?

ある激しい雨の降る日、徳川家治は1人の近習が空を見上げため息をついているのを目にしました。

別の家臣にその理由を聞いたところ、

「あの者の家は貧しく、家が朽ちて雨漏りがしており、今頃親が苦心していることを思っているのでしょう」

とのこと。そこで、徳川家治は、

「いくらあれば直せるのか」

と聞きます。すると、100両もあれば直せるとのことだったので、今度はそのため息をついていた近習をこっそりと呼び出し、

「孝を尽くせ」

と、100両をぽんっと渡したそうです。

100両とは、現代のお金で換算すると、約700万〜900万にあたります。

このような大金をためらいもなく渡せてしまうくらい、徳川家治は人情深い人間だったようです。

徳川家治は将棋が強かった?

徳川家治は、晩年は趣味に没頭していました。

その中でも特に将棋に対する熱意は相当なもので、その腕前は七段を允許されていたくらいでした。

残っていた当時の実際の棋譜を検めた関西将棋会館によると、

「周囲が若干緩めて対局している風が棋譜から感じられ、正直実力七段は疑問ではあるが、非常に筋の良い軽い棋風で現在のアマ高段の力は十分にある」

以上のように評価されています。

また、詰将棋を作成する才能に優れており、図式集『御撰象棊攷格(ぎょせんしょうぎこうかく)』百番を著しています。

詰将棋作家としても名高いプロ棋士・二上達也さんも、徳川家治の詰将棋については、

「他の追随を許さぬ名作・好作を残している」

と絶賛しています。

しかし、これだけの実力を持ちながら、将棋をする際の素行はあまり良くありませんでした。

対局中に難局になってくると、待ったをして、駒を元に戻すというようなこともしていたようです。

徳川家治のしたことを簡単に解説

徳川家治は、将軍として実際に自身で行ったことは多くはありませんでした。

なぜなら、老中に田沼意次を任命した後は、政治を田沼意次に一任していたからです。

そのため、徳川家治が実際に行ったことは、

  • 田沼意次の政策(印旛沼・手賀沼の干拓事業や蝦夷地の開発、ロシアとの貿易計画など)に許可を出す
  • 大奥の経費削減

以上のことが挙げられます。

これだけ見ると、何もしていない無能な将軍と思ってしまうかもしれません。

しかし、徳川家治はその聡明さ故に、田沼意次の非凡な才能を見抜き、自身が政治を取り仕切るよりも、田沼意次に高い地位を与え、自由に政策を行えるようにしてあげたほうがいいと考えたのです。

何より、田沼意次の政策に許可を出していたのは徳川家治ですから、その政策が本当に世のためになるのかまでを考える力などは備わっていたことが伺えます。

優秀な人材を見抜き、そして、その人材を使いこなす、それこそが徳川家治の才能だったのでしょう。

まとめ:徳川家治は愛妻家で人情深い人物だった

徳川家治は、将軍でありながらも、家臣などの周りの人間に気遣いができ、愛妻家で正室のみを愛した人情深い人物でした。

今回の内容をまとめると、

  • 徳川家治は徳川吉宗に様々な教育を施された
  • 徳川家治は、徳川吉宗のことを慕い、何をするにも徳川吉宗に倣った
  • 徳川家治は愛妻家で、なかなか側室をもたなかった
  • 徳川家治は、他人に気遣いのでき、人情深い謙虚な人物だった
  • 徳川家治は将棋が強かった

徳川家治は、歴代徳川将軍たちと比べると、謙虚であったり愛妻家であったりと、異例な人物であったと言っても過言ではないかもしれません。

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