楠木正成の子孫の現在は?家系図で簡単に解説。子孫の名字は複数ある?

楠木正成の子孫の現在は?家系図で簡単に解説。子孫の名字は複数ある?

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楠木正成:1294(永仁2)~1336(建武3)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将です。
生涯を通して後醍醐天皇に忠義を尽くしたことで有名な、楠木正成の子孫は現在まで続いているのでしょうか?

この記事では、楠木正成の子孫について、家系図を見ながら簡単に解説していきます。楠木正成の子孫は現存しているのか?また子孫の苗字は?についてみていきましょう。

楠木正成の家系図を簡単に解説!

楠木正成の家族構成はどのようになっているのでしょうか?

まずは、楠木正成の家系図を確認していきましょう。

楠木正成の家系図

楠木正成の子供達

楠木正成の家族構成は明確になっていない部分が多いです。

両親も、妻さえもはっきりとはわかっていません。

しかし、楠木正成には、正行まさつら正時まさとき正儀まさのりの3人の息子がいたということが確認されています。

楠木正成の死後、正行と正時の2人は南朝方として戦闘に参戦し、1348年の四條綴の戦いで戦死しています。

2人には子供もいない(もしくは早世した)ので、系統がここで途切れました。

しかし、正儀だけは生き残り、息子の正勝やその子孫たちと共に南北朝が統一されたあとも、幕府への対抗勢として戦い抜きました。

楠木正成の一族・楠木氏の出身は?

多くが謎に包まれ、出自や両親、妻のことも明確になっていないところが多い楠木正成、

その楠木正成の一族・楠木氏はそもそもどこの出身なのでしょうか?

楠木氏は橘氏の末裔?

楠木正成は生前、自分は橘氏の末裔だと名乗っていたと言われています。

その根拠として、楠木正成にゆかりのある湊川神社に残されている、写経した『法華経』があります。

そこに「橘朝臣正成」と、楠木正成の自筆の記録が載っているのです。

しかし、楠木氏の系図は、正成が登場するまでは史料に食い違いが見られる点が多く、明確ではありません。
現在、楠木正成の家の出自として考えられているのは4つあります。

  • 豪族(政権に属した地域的支配権を持つ一族)
  • 御家人(将軍と主従関係で結ばれた武士)
  • 悪党(政権に属さない土地の実力者)
  • 土豪(小豪族)

いずれにしても楠木正成は、同様に倒幕に貢献した足利尊氏や新田義貞に比べると、身分はずっと低かったということが伺えます。
そのため、自分の身分に箔をつけるために、橘氏の末裔だと名乗っていた可能性も考えられるでしょう。

楠木正成の子孫の現在は?

楠木正成には、3人息子がいました。

楠木正成の子供である、正行と正時は子供を残さず戦死してしまいましたが、正儀だけは生き残り子孫を残しています。
楠木正成の子孫は現在まで続いているのでしょうか?

楠木正成の子孫の名字は複数ある?

室町幕府が成立すると、南朝方で戦っていた楠木正成は朝敵扱いとなっていました。

しかし時が経ち、1559年(永禄2年)には正親町天皇おおぎまちてんのうから朝敵を免じられることになります。

これは、楠木正成の子孫で織田信長豊臣秀吉に仕えた楠木正虎の嘆願によるものでした。

普通、朝敵となってしまった一族が生き残っていくのは難しいことです。
しかし、朝敵を免じられたことで、楠木正成の子孫はその後も続いていくことができたのです。

楠木正成の子孫の系譜は続いていき、全国各地に広がっていきました。
その際に、名字が楠木姓をそのまま受け継いだ者と、その他の名字を受け継いだ者に分かれました。

楠木姓以外名字として主なものを挙げると、「平木」(楠木の次に人数が多い)「大饗おおあえ」「楠瀬」「楢村ならむら」「木俣」などがあります。

楠木正成の子孫の家系には忍者や能に関係している人も?

楠木正成の子孫の家系には、忍者や能に関係している人もいるという説があります。

1962年(昭和37年)に三重県で発見された『上嶋家文書』(江戸時代末期の写本)によると、
伊賀・服部氏族の上嶋元成の三男が観阿弥で、その母が正成の姉妹であると書かれているのです。

観阿弥と言えば、息子の世阿弥とともに能を大成した人物として知られています。
さらに、伊賀の服部氏は、忍者の一族だと言われています。

つまり、楠木正成は親戚に忍者と能の関係者が存在していた可能性が高いのです。

しかし、この文書の信憑性をめぐっては議論が分かれており、研究者の間では広く受け入れられているとは言い難いのが実際のところのようです。

楠木正成の至誠の精神を受け継ぐ「楠木同族会」

現在、楠木正成と同じ楠木姓を名乗る人物は、全国に4900人いると言われています。

1935年(昭和10年)にはその正式な正成の血を引く人々が集まって、「楠木同族会」という親睦会が立ち上がりました。

現在は、約200名の会員がいらっしゃるそうです。
初代会長は、伊勢楠木氏傍系子孫とされるアラビア石油創業者の山下太郎さん(正成の子孫である楠木正具くすのきまさともの末裔)が務めていました。
現在の会長は、元衆議院議長・綿貫民輔わたぬきたみすけさんが務めていらっしゃるそうです。

楠木正成の子孫は現在も続いており、子孫同士で親睦を深めていた

一時は朝敵とまでされていた楠木正成。
時を経て、朝敵を免除されたおかげで子孫は現在まで続くことができました。

そして、現在は子孫同士で親睦を深める「楠木同族会」なるものも立ち上げられていたこともわかりましたね。

今回の内容をまとめると、

  • 楠木正成の出自は明確になっていないことが多いが、子供は3人いた
  • 楠木正成の一族である楠木氏は橘氏の末裔だという説もある
  • 楠木正成の子孫には、忍者や能に関係する人物もいる
  • 楠木正成の子孫は現在まで続いており、「楠木同族会」という子孫同士で親睦を深めている

楠木同族会の主な活動内容は、正成公の至誠の精神を遍く教化昂揚、研究することだそうです。

200を超える人数が、国体を守った楠木正成に対して感謝と崇敬の念を繋いでいるということは、楠木正成がいかに愛されてたのかということを現していると言えるのではないでしょうか。

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