武田信玄の家紋は「武田菱」その家紋の意味とルーツを徹底解説!

武田信玄の家紋は「武田菱」その家紋意味とルーツを徹底解説!

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武田信玄たけだしんげん(1521年-1573年)は甲斐(現在の山梨県)の守護大名・戦国大名として名を馳せた豪傑です。戦国最強と言われた騎馬隊を組織し、「甲斐の虎」と呼ばれ、織田信長おだのぶながが最も恐れた男と言われています。
武田信玄の家紋「武田菱」に込められた意味とそのルーツを探っていきます。

武田信玄の家紋は「武田菱」

武田信玄の家紋は、平たい菱型を四つ並べて一つの大きな菱型を形成する「武田菱」です。
武田信玄が家紋として使用していた、菱形の文様は古代から世界中で見られ、単純な幾何学模様として縄文土器にも施されています。
一年草の水草であるヒシの実や葉を図案化したのが元と言われていますが、起源は定かではありません。

菱文様はシンプルな形状ゆえに、角度を変えたり複数の菱を組み合わせることで複雑な模様を生み出すことができ、上流階級の人々に重用されました。
正倉院御物の染織物などにも、連続した菱形が美しい織文様を見ることができます。
この織文様から一部を取り出し、家紋としての「菱紋」が生まれました。
菱紋は1370年頃から現れたとされています。 
菱型を四つ並べたものを「四つ割菱」と言い、「武田菱」は四つ割菱の一種です。

武田菱はなぜ武田氏の家紋になったのか?

武田菱は、他の菱紋と比べて、四つ割菱の菱形同士の間隔が狭いという特徴があります。
武田氏が菱紋を家紋としたのには、二つの説があります。

武田の「田」の字を変形させた
武家の家紋は名字を図案化したものもあるため、「田」の字を菱形に変形させたという説があります。

武田氏の家宝「楯無たてなしの鎧」の文様が由来
「楯無の鎧」については、室町幕府の公式家紋集である見聞諸家紋に記述があります。
武田氏の祖である源義光みなもとのよしみつが前九年の役(1051年-1062年)に際して住吉大社を参拝し、奉納されていた「楯無の鎧」を神託により拝領しました。
「楯無の鎧」は、古事記や日本書紀に記されている三韓征伐の時に、神功皇后が使用したとされています。
その後武田家が名門氏族である象徴として神聖化され、家宝として伝わりました。現在では国宝に指定されています。
楯無の鎧には「四つ割菱」文様と、花を菱形に並べた「花菱」文様の飾りや鋲があしらわれており、その四つ割菱を「武田菱」として武田家の家紋にしたと言われています。

武田菱は商標登録されている?

菱紋は300種類以上のバリエーションがありますが、その中でも「武田菱」は商標登録されており、使用するには許可が必要です。
また菱形模様と聞いて、三菱グループのスリーダイヤを思い浮かべるかもしれません。この世界的にも有名なマークは、三菱財閥の創業者であり、甲斐武田家の末裔である岩崎弥太郎いわさきやたろう(1835年-1885年)が、家紋の「三階菱」を基に考案しました。

岩崎家は、甲斐武田家の第5代当主・武田信光の5男武田七郎信隆が甲斐国山梨東部岩崎(現在の山梨県甲州市勝沼町)に館を構え、岩崎氏を名乗ったのが始まりと言われており、家紋も武田菱に由来したという伝承があります。

武田信玄が家紋に菱紋を使った理由

武田菱は甲斐の国だけでなく、安芸や若狭など全国の武田家で使われています
同じ武田菱でも、菱の間隔を変えた「三階菱」「地黒菱」「松笠菱」と意匠が細かく分かれており、武田家の支流が宗家に配慮するかのように形を変えて用いられました。

全国で同じ武田菱を使用することで、武田氏一族の連帯感を高め、固い結束を内外に知らしめる効果があったと考えられます。
代々使われた武田菱を家紋とした武田信玄には、源義光を始祖とする甲斐源氏としての強い自負心があったのかもしれませんね。

武田信玄が家紋に込めた想い

家紋は丸型に配置することが多くありますが、武田菱は直線のみで構成され、硬く堅実な印象を受けます。直線的な意匠は武田信玄の「最強」のイメージに相応しく、風格と重みが感じられます。
武田信玄の軍旗には武田菱や花菱を描いたものもあり、戦場において自軍の一体感を示すことができたともいわれています。

武田信玄は、他にどんな家紋を使っていた?

武田菱は全国の武田家が使用していますが、武田信玄の甲斐武田家は「花菱紋」を替紋(控え紋)として使用しました。
替紋とは、家を代表する公式の家紋「定紋」の他に、功勲や婚姻などで新しく加えられる紋のことです。

武田菱の由来とも言われている楯無の鎧には、四つ割菱と花菱が施されており、四つ割菱が武田菱として定紋に、花菱紋が替紋として用いられました。
花菱紋は花が四つ並んだ可愛らしいデザインで、武田家では女性が好んで使用したといわれています。

武田信玄の家紋は、天皇家も使っている?

天皇陛下の一般参賀が行われる長和殿の掛け飾りには菱型模様が見られます。
武田信玄の家紋を天皇家が使っているのか?と思われるかもしれませんが、これは武田菱ではありません。宮内庁広報係が、甲州武田家とは無関係であると正式に回答しているようです。

正倉院の宝物に菱文様があしらわれていたように、菱型は伝統的な文様として古くから皇室でも使用されてきました。
天皇の即位の礼などで使用される高御座たかみくらにも菱文様が施されており、皇室では伝統的な文様の一つとして菱文様を使用しているのです。
伝統と格式のある菱文様を家紋にすることができた武田家は、それだけ長く栄えた一族であると言えます。

まとめ:武田信玄の家紋「武田菱」には、長く格式高い歴史があった

武田信玄が使用していた家紋「武田菱」には、武田家代々伝わる由来と格式がありました。

・武田信玄の家紋「武田菱」は「楯無の鎧」が由来

・「武田菱」は商標登録されている

・菱文様は古くから皇族にも愛用されている、格式高い模様

菱形を四つ並べた「武田菱」はシンプルなデザインですが、歴史はとても古く、形を変えて全国の武田家で使用されていました。武田氏の格式高い歴史を感じることができる家紋ですね。

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