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卑弥呼の墓はどこにある?候補地はどこ?邪馬台国や吉野ヶ里との関係は?

卑弥呼(出年不明〜247年)は、弥生時代に活躍していた日本の女王です。

『魏志倭人伝』などの古代中国の史書では、「倭国の女王」と称されていました。

卑弥呼は「鬼道」と呼ばれるまじないを使って、クニを治めていたと言われています。

そんな卑弥呼の墓は、どこにあるのでしょうか?

実は、卑弥呼の墓には候補地がいくつかあるのです。

この記事では、卑弥呼の墓について簡単に解説していきます。

卑弥呼の墓はどこにある?

卑弥呼と言えば、邪馬台国を治めていたことで有名な女王です。

そんな卑弥呼の墓はどこにあるのでしょうか?

ここでは、卑弥呼の墓について簡単に解説していきます。

卑弥呼の墓はどこかはっきりと判明していない?

結論から述べると、卑弥呼の墓がどこかというのは、未だにはっきりと判明していません。

普通に考えたら、卑弥呼の墓は、卑弥呼の治めていたクニである「邪馬台国」にあったはずですよね。

しかし、その邪馬台国自体がどこにあるのか判明していないのです。

さらに、近年では、そもそも邪馬台国ではない別のどこかのクニにあるのではないかという説まで出てきています。

これは、卑弥呼が共立された国々の中のひとつのクニの王であり、都とした邪馬台国ではなく、別のクニの出身ではなかったのかというところからきています。

そうなると、当然出身のクニの場所に墓があるはずですよね。

このように、卑弥呼の墓の候補地はいくつかあるものの、決定打となるような証拠は出てきていません。

つまり、卑弥呼の墓がどこかというのは、未だにはっきりと判明していないのです。

卑弥呼の墓の特徴は?古墳?

卑弥呼の墓の場所ははっきりとは判明していませんが、『魏志倭人伝』などの記述から特徴としていくつかわかっていることがあります。

  • 墓の径は約144mくらいである
  • 「径」という表現から円墳である可能性が高いこと(前方後円墳や方墳の可能性もあるにはある)
  • 墓の中には、卑弥呼の棺の他にもう一つ棺がある(中には殉葬した奴婢100人余りの遺骨がある可能性が高い)
  • 造成時期は、弥生時代の終末期から古墳時代への移行期あたりである
  • 埴輪はない

これらの特徴を持つ候補がいくつか存在しています。

しかし、そのどれもに決定的証拠がないため、昔から卑弥呼の墓の場所については議論がされ続けているのです。

卑弥呼の墓は邪馬台国の場所と関係がある?

卑弥呼は、邪馬台国の女王であったと考えられています。そのため、卑弥呼の墓は、邪馬台国があった場所に存在しているのではないかと予想されるわけです。

しかし、邪馬台国の場所というのも、実ははっきりと判明していません。

邪馬台国には、候補地が2ヶ所存在しており、「畿内説」と「九州説」があります。

つまり、卑弥呼の墓も「畿内にある」という説と、「九州にある」という説に分かれているのです。

卑弥呼の墓の候補地は?

卑弥呼の墓の場所は未だにはっきりと判明していません。

しかし、候補地がいくつか存在しています。

ここでは、卑弥呼の墓の候補地について簡単に解説していきます。

卑弥呼の墓の候補地|畿内説の場合

邪馬台国が畿内にあったと考えられる場合、卑弥呼の墓の候補地として挙げられるのは、「箸墓古墳」です。

・箸墓古墳

築造時期:3世紀中頃〜後半

形状:前方後円墳

規模:墳丘頂278m、高さ30m

所在地:奈良県桜井市箸中

箸墓古墳は、出現期の古墳の中でも最古級と考えられている前方後円墳です。

現在は宮内庁に陵墓として管理されており、自由な出入りが禁止されています。

ここが卑弥呼の墓だと考えられている理由は、

  • 畿内にあり、築造時期が卑弥呼の亡くなった時期と近い古墳だということ
  • 近くに纒向遺跡という大きな集落の遺跡があるため、そこが邪馬台国だと考えられていること
  • 後円部の径が、卑弥呼の墓の径の特徴と近いということ
  • 箸墓古墳の被葬者だとされている「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」は、一般的には「ヒミコ」と呼ばれていた可能性が高いということ

以上のようなことが挙げられます。

しかし、先程もお伝えしたように、現在学者や一般人の自由な出入りは禁止されており、詳細な発掘調査ができていません。

そのため、決定的な証拠は出てきておらず、卑弥呼の墓と断定するには至っていません。

卑弥呼の墓の候補地|九州説の場合

邪馬台国が九州にあったと考えられる場合、卑弥呼の墓の候補地としては、

  • 石塚山古墳
  • 祇園山古墳
  • 平原王墓

以上の3つなどが主に挙げられます。

・石塚山古墳

築造時期:3世紀中頃〜4世紀初頭

形状:前方後円墳

規模:墳丘頂120m前後

所在地:福岡県京都郡苅田町富久町

石塚山古墳は、国の史跡に指定されている、古墳時代前期の前方後円墳です。

ここが卑弥呼の墓だと考えられている理由は、

  • 九州にあり、築造時期が卑弥呼の亡くなった時期と近い古墳だということ
  • 九州にありながら、120m超えの出現期古墳は珍しいということ
    →被葬者が非常に強力な有力者であった可能性が高い
  • 埴輪が確認されていないこと
  • 出土した三角縁神獣鏡は、卑弥呼が魏から贈られた宝器の一部と考えられていること

以上のようなことが挙げられます。

しかし、魏志倭人伝に記載されている卑弥呼の墓の規模とは異なることなどから、卑弥呼の墓だと断定はできないのです。

・祇園山古墳

築造時期:3世紀中頃

形状:方墳(基部楕円形)

規模:東西約23.7m、南北約22.9m、高さ約6m

所在地:福岡県久留米市御井町

祇園山古墳は、県の指定史跡に指定されている、3世紀中頃の方墳です。

ここが卑弥呼の墓だと考えられている理由は、

  • 九州にあり、築造時期が卑弥呼の亡くなった時期と近い古墳だということ
  • 基台を含めると、魏志倭人伝に記載されている卑弥呼の墓の規模と一致するということ
  • 石棺はあるが槨はないということ
  • 石棺に朱が塗られていること
  • 魏志倭人伝に記載されている「殉葬者100人」にせまる60体が側に埋葬されていたということ
  • 周囲の甕棺から、後漢鏡片や大型勾玉などの豪華な装身具が出土しているということ

以上のようなことが挙げられます。

卑弥呼の墓とした非常に有力な候補であるものの、未だに決定的な証拠は出ておらず断定はされていません。

・平原王墓

築造時期:弥生時代後期〜晩期

形状:方形周溝墓

規模:東西13m×9.5m

所在地:福岡県糸島市

平原王墓は、弥生時代の終わり頃の伊都国王の墓と考えられている墳墓です。平原遺跡の1号墓である、平原王墓が卑弥呼の墓だと考えられている理由は、

  • 九州にあり、築造時期が卑弥呼の亡くなった時期と近い墳墓だということ
  • 弥生時代の墳墓としては破格とも言える質・量の装飾品が確認されているということ
  • 出土品の中に武器類が少なく、装身具類が多く副葬されていること
    →被葬者が女性である可能性が高い

以上のようなことが挙げられます。

しかし、魏志倭人伝に記載されている卑弥呼の墓の規模とは異なることや、周囲に殉葬者の墳墓が見つかっていないことなどから、卑弥呼の墓と断定することはできていません。

卑弥呼の墓の九州説に吉野ヶ里遺跡の発掘により後押しが?

邪馬台国の場所としては、今まで畿内説が優勢とされてきました。
つまり、卑弥呼の墓も畿内にあるという説のほうが有力だったわけです。

しかし、2023年に行われた吉野ヶ里遺跡の発掘調査によって、九州説に後押しがされたのです。

どういうことかというと、この吉野ヶ里遺跡の発掘調査で、弥生時代後期の有力者の墓の可能性がある石棺墓が見つかったのです。そこから、残念ながら遺骨や埋葬品は見つからなかったものの、調査の結果、邪馬台国時代の有力者の墓と裏付けられました。

吉野ヶ里遺跡ほどの大きな集落遺跡から、邪馬台国時代の有力者の墓が出てくるということは、非常に大きな意味を持ちます。

つまり、吉野ヶ里遺跡が邪馬台国の場所であったという可能性がでてくるのです。

まだ断定するには証拠が足りませんが、邪馬台国論争に一石を投じたのには違いありません。

卑弥呼の墓の位置も、これにより九州にあるという方が有力となっていくかもしれませんね。

まとめ:卑弥呼の墓は未だにどこかはっきりとは判明していない

卑弥呼の墓は、邪馬台国の存在していた場所にあったと考えられています。しかし、その邪馬台国の場所が未だにはっきりと判明していないため、卑弥呼の墓も候補地はいくつかあるものの判明していません。

今回の内容をまとめると、

  • 卑弥呼の墓は邪馬台国が存在していた場所にある可能性が高い
  • 卑弥呼の墓とともに、邪馬台国の場所は判明しておらず、畿内説と九州説がある
  • 卑弥呼の墓が畿内の場合、卑弥呼の墓は「箸墓古墳」である可能性が高い
  • 卑弥呼の墓が、九州の場合、卑弥呼の墓は「石塚山古墳」「祇園山古墳」「平原王墓」などの可能性が高い
  • 卑弥呼の墓は、近年の発掘調査により九州説に後押しがあった

古代の歴史というのは、文字資料が残っておらず、なかなか真実にたどり着けないことが多いです。

しかし、年を重ねるたびに、発掘調査の技術も上がっており、新しい史料が出てきているのも事実です。卑弥呼の墓だと決定づけられるような史料が出てくるのも近い未来のことなのかもしれませんね。

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