坂本龍馬の名言集|最後の言葉は?人柄や性格がわかる逸話を交えて解説!

坂本龍馬の名言集|最後の言葉は?人柄や性格がわかる逸話を交えて解説!

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幕末の英雄として有名な坂本龍馬。大河ドラマ「龍馬伝」や、司馬遼太郎の「竜馬がいく」など、日本歴史上の偉人で非常に人気のある人物です。坂本龍馬の残した名言は、幕末という激動の時代の流れや、時代の変化の時に生き抜くヒントがたくさん詰められています。

今回は、坂本龍馬の名言を逸話とともに簡単に解説していきます。現代に生きる私たちをも惹きつけてやまない、坂本龍馬の人柄や性格、生き様を見ていきましょう。

坂本龍馬の名言1|日本を今一度 洗濯いたし申候 

坂本龍馬の名言1:
「日本を 洗濯いたし申候(もうしそうろう)」

通釈:

日本を今こそ、洗濯したいです

この名言は、坂本龍馬が1863年(文久3年)に姉の乙女に宛てて送った手紙の中に書かれていた言葉です。

実はこの名言が書かれた手紙の内容は、まだ攘夷思想を持っていた坂本龍馬が、
「異国と通ずる悪役人を同士達と共に打ち殺し、日本を刷新したい」
との願いを綴った物騒なものでした。

その後、勝海舟の下で新しい思想を手に入れた坂本龍馬でしたが、
「日本を刷新し、強い日本を作りたい」
との熱い思いは、坂本龍馬が最初から持ち続けたものだったと感じることができる名言といえるでしょう。

坂本龍馬の名言2|人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ 

坂本龍馬の名言2
「人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ」

通釈:
「生きている中で失敗というものは、ありはしないのですよ」

小説家の司馬遼太郎しばりょうたろうの著書「竜馬がゆく」で主人公のセリフとして書かれていた名言です。

実際に坂本龍馬が発したものでは無いようですが、常に前向きで目標を持ってと生きた坂本龍馬の性質が非常に感じられる名言ですよね。

坂本龍馬の名言3|ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり

坂本龍馬の名言3
「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり」

通釈:
「何の目標もないまま、いたずらに時間を費やして毎日過ごすのは、ほんとうに愚かなことです。」

この言葉は、1965年(慶応元年)に、伏見の寺田屋から土佐の姉乙女と姪のおやべ(春猪)宛に送った長文の手紙の中に書かれていた名言です。

この名言からは、33年間と短い生涯の中で、数々の偉業を成し遂げた坂本龍馬の生き様を強く感じることができるのではないでしょうか。
ちなみに、この名言が書かれたのと同じ手紙の中に、愛妻お龍を始めて紹介する内容も記載されています。

坂本龍馬の名言4|議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ

坂本龍馬の名言4
「議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ」

通釈:

「もしも議論に勝っても、相手の名誉をうばうだけのことです。通常、人は議論に負けても自分の所論や生き方は変えない生きものだし、負けたあと持つのは負けた恨みだけです。」

この言葉は、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言といわれています。

人と物事を進めるうえで、「話し合い」は欠かせません。

この名言は、坂本龍馬は「話し合い」を、相手の意見を否定し合う「議論」ではなく、相手を尊重し合う「対話」にすることができる人物だったことを伝えてくれています。

坂本龍馬の功績の一つである「薩長同盟の仲介」はまさに、議論ではなく対話を心掛けた坂本龍馬だからこそ成しえたものといえるのではないでしょうか。

坂本龍馬の名言5|恥といふことを打ち捨てて世のことは成るべし

坂本龍馬の名言5
「恥といふことを打ち捨てて世のことは成るべし」

通釈:
「恥や見栄、外聞などを気にしていたら物事は進展しません。そのようなものを捨てた時、この世の中における重要な事を達成できるのです」

この言葉は、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

身分や武士のプライドが大事にされていた時代に、型にはまらず、あらん限りの手を尽くして日本の未来のために行動した坂本龍馬を表した名言といえるでしょう。

坂本龍馬の名言6|人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある

坂本龍馬の名言6
「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある」

通釈:
「生きる道は一つだけということはありません。生きる道は無数にあるのです。」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

大きな困難があっても「どんな事があっても道を拓く」との強い心を忘れなければ、道なき道がきっと現れることを教えてくれる名言です。

坂本龍馬の名言7|時勢に応じて自分を変革しろ

坂本龍馬の名言7
「時勢に応じて自分を変革しろ」

通釈:
「状況に応じて自分を変えることができる柔軟性を持ちなさい」

この言葉は、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

坂本龍馬は当時としては珍しく、非常に柔軟な考えを持った人物でした。

攘夷派から新しい日本をつくる思想へ変換や、武器も刀にこだわらず拳銃を使用したり、武力でなく対話による解決を目指したりしています。その時の状況を広い視野で把握し、自分を信じて生き抜く柔軟性も坂本龍馬の魅力の一つといえるでしょう。

坂本龍馬の名言8|世の既成概念を破るというのが、真の仕事である

坂本龍馬の名言8
「世の既成概念を破るというのが、真の仕事である」

通釈:
「前例に従ってものごとを進めることは仕事でも何でもありません。 既成概念を打ち破り、越えていくこと本当の仕事なのです。」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

まさに新しい日本をつくる仕事をした坂本龍馬を表すのにピッタリの名言ですよね。

坂本龍馬の活躍した幕末は、外国人を排斥していこうという派と、外国の文化を受け入れてより強い日本を作っていこうとする派に別れていました。坂本龍馬は、新しい日本をつくるという大きな思想のもと、薩長同盟をはじめとして様々な業績を残しています。
まさに、坂本龍馬の行動を現した名言ですね。

坂本龍馬の名言9|世の人は我を何とも言わば言え我が成す事は我のみぞ知る

坂本龍馬の名言9
「世の人は我を何とも言わば言え我が成す事は我のみぞ知る」

通釈:
「世間の人は自分を馬鹿にするけれど、言いたい人には言わせておけばいい。自分の良さは自分だけが知っているのだから」

この言葉は、坂本龍馬が残した「詠草二 和歌」に収められた六首のうちの二首目に書かれた和歌です。

坂本龍馬が10代後半に詠ったものとされていますが、いつ読まれたものかははっきりとしていません。

坂本家では祖母の影響で歌会が定期的に開催されていたため、坂本龍馬は和歌も堪能だったといわれており、30種程の和歌を残しています。

坂本龍馬の名言10|偏見を持つな

坂本龍馬の名言10:
「偏見を持つな 相手が幕臣であろうと乞食であろうと  教えを受けるべき人間なら俺は受けるわい」

通釈:
「偏見を持ってはいけません。 相手が幕臣でも乞食でも、教えを受けるべき人間ならば私は受けますとも。」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

不要な先入観をもつことなく、分からない事はたくさんの人に聞いてみるという、坂本龍馬の柔軟さと積極性だけでなく、人なつっこい性格も感じられる名言ではないでしょうか?
様々な説はありますが、勝海舟を斬る覚悟を持ってあったはずが、勝海舟の下で様々な改革の準備を進めていくことになった坂本龍馬の思想そのものだったのではないでしょうか?

坂本龍馬の名言11|世界の海援隊でもやりますかな 

坂本龍馬の名言11:
「世界の海援隊でもやりますかな」

通釈:
「役職には興味はありません。自由な立場で今度は世界の海援隊でもやりましょうかね」

この言葉は、大正時代に出版された「坂本龍馬言行録」の中の名言です。
大政奉還の後、坂本龍馬は新しい政府の指針を記した「新政府綱領八策」を書き、西郷隆盛に示しました。

その中には役職に適任とされる人物名も記されていましたが、坂本龍馬自身の名前はどこにもありません。

西郷隆盛が、その理由を尋ねた時に坂本龍馬が答えたのがこの名言というわけです。

権力を望まず、勇気と行動力を兼ね備えた坂本龍馬を象徴する魅力的な名言ですよね。

坂本龍馬の名言12|業なかばで倒れてもよい

坂本龍馬の名言12:
「業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ。」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

常に目標に向かって努力し、最後の最後までエネルギーを注いでいくことの素晴らしさを感じさせてくれる、坂本龍馬らしい名言ですよね。

坂本龍馬の名言13|義理などは夢にも思ふことなかれ身をしばらるるものなり

坂本龍馬の名言13:
「義理などは夢にも思ふことなかれ身をしばらるるものなり」

通釈:
「義理などを意識すると、行動が制約されてしまいます。考える必要はありません」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

現代を生きる私たちにも、何かうまくいかない時の解決の指針となってくれる名言なのではないでしょうか?

坂本龍馬の名言14|人として生まれたからには、太平洋のように、でっかい夢を持つべきだ。

坂本龍馬の名言14:
「人として生まれたからには、太平洋のように、でっかい夢を持つべきだ。」

この言葉も、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)から生まれた名言です。

大きな夢は自分自身だけでなく、周囲にも元気にしてくれる力を持っていますよね。
坂本龍馬が活躍したのは、わずか6年ほどですがその短い間に様々なことを成し遂げています。坂本龍馬は、新しい日本をつくるという大きな夢のもと、激動の時代を駆け抜けていったのでしょう。

坂本龍馬の最後の言葉

坂本龍馬の最後の言葉:
「脳をやられた、もういかん」

坂本龍馬は1867年(慶応3年)に暗殺され33歳の若さで生涯を閉じます。

土佐藩士たちが救援に駆け付けた時は、に坂本龍馬は亡くなっていましたが、坂本龍馬と一緒に襲われた土佐藩士の中岡慎太郎なかおかしんたろうは意識があり、証言を残すことができたと言われています。

坂本龍馬の最後の言葉は、中岡慎太郎に向けて発したものと考えられています。

暗殺の刺客によって斬り付けられた坂本龍馬の最後の様子が、非常に冷静な様子に驚くばかりです。

まとめ:坂本龍馬の名言には、龍馬の生き方が詰まっていた

坂本龍馬は、大変な筆まめだったようで、現存する手紙だけで130通以上に及びます。それら手紙に綴られたもののなかに、名言となったものが存在していました。
また、坂本龍馬の名言の中には、司馬遼太郎の小説「竜馬が行く」が由来のものも多くありました。
今回の内容をまとめると、

  • 坂本龍馬は、生き様が感じられる様々な名言や最後の言葉を残していた
  • 坂本龍馬は、新しい日本をつくるという大きな夢を抱き、そのために行動していた
  • 坂本龍馬の名言には、坂本龍馬の夢や思想、行動の規範が詰まっていた

坂本龍馬の手紙や「竜馬が行く」からの名言の数々は、坂本龍馬の型にはまらない自由闊達な生き様や、勇気と行動力と信念を兼ね備えた人間性を私たちに生き生きと伝えてくれていることを感じますね。

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