吉田松陰の名言20選!幕末の天才が残した言葉を分かりやすく解説

吉田松陰の名言20選!幕末の天才が残した言葉を分かりやすく解説

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吉田松陰よしだしょういん(1830-1859)は幕末の思想家です。
松下村塾で伊藤博文いとうひろぶみ高杉晋作たかすぎしんさく山縣有朋やまがたありとも久坂玄瑞くさかげんずい吉田稔麿よしだとしまろらを教えた、明治維新の精神的指導者として知られます。
吉田松陰は、安政の大獄により死罪となり29歳の短い生涯を閉じましたが、今もなお私たちの胸を打つ数々の名言を残しています。
今回は、幕末の天才と言われた吉田松陰の名言から「志」「誠」「学」の大切さ、「心」のあり方、「死」対する考え方について見ていきたいと思います。

目次

吉田松陰の名言から学ぶ「志」の大切さ

吉田松陰は「志」についての名言を多く残しています。
「志」とは、自分がどんな人間になりたいかという目標のことです。
情報量が増え、変化のスピードが早い現代に生きる私たちにとって、「志」を持って行動していく事の大切さを教えてくれています。

吉田松陰の名言1:志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない

立志尚特異 (立志は特異を尚(たっと)ぶ)
俗流與議難 (俗流は與(とも)に議し難(がた)し )
不思身後業(身後(しんご)の業を思はず)
 且偸目前安 (且つ目前の安きを偸(ぬす)む。)
百年一瞬耳 (百年は一瞬のみ,)
君子勿素餐 (君子素餐(そさん)するなかれ。)

【現代語訳】
志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない
世俗の意見に惑わされてもいけない
死んだ後の業苦を思い煩うな
目先の安楽は一時しのぎと知れ
百年の時は一瞬に過ぎない
君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ

1858(安政5)年、松下村塾最後の門下生の一人である山田顕義やまだあきよしが元服する際に吉田松陰が贈った漢詩です。
「志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない」
とは、倒幕論を唱え続けた吉田松陰の生き方そのものが現われています。
この翌年に松陰が死罪となったことを思うと、「いたずらに時を過ごすことなかれ」という言葉の重みを感じます。

吉田松陰の名言2:すべての実践は志を立てることから始まる

志(こころざし)を立てて以て万事の源と為(な)す。

【現代語訳】
すべての実践は志を立てることから始まる

吉田松陰が26歳のとき、いとこの玉木彦介たまきひこすけの元服を祝して贈った「士規七則」に出てくる言葉です。
士規七則の七ヵ条を「立志・択交・読書」の「三端」としてまとめられており、この言葉は「立志」にあたります。
吉田松陰が、いかに志を重視していたかが分かる名言です。

吉田松陰の名言3:どんな事をするにも自分がしっかりとした志を持つことが大事だ

道の精なると精ならざると、業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ。故に士たる者は其(そ)の志を立てざるべからず。

【現代語訳】
あなたの道(やりたいと思うこと)がその通りにできるのか、成果が出るかどうかは、志があるかどうかによる。だからどんな事をするにも自分がしっかりとした志を持つことが大事だ

吉田松陰が17歳の時、九州へ医学修業に旅立つ友人の松村文祥に贈った言葉です。17歳にしてこの言葉が出てくる吉田松陰は、天才の名にふさわしい人物と言えるでしょう。

吉田松陰の名言4:自分に真の志があれば、無志は自ら引き下がる

己に真の志あれば、無志はおのずから引き去る、恐るるにたらず

【現代語訳】
自分に真の志があれば、無志(虫)は自ら引き下がるものだ。恐れることはない

志が本物であれば、それを信じて行動せよということですね。力強い言葉です。

吉田松陰の名言から学ぶ「誠」

吉田松陰は誠実さについても多く言及しています。誠実であること、あり続けることは現代の私たちにとっても、とても大切な言葉です。
吉田松陰が生きた時代は、幕末。ちょうど外国との交流も始まるかどうかという時代、そんな時代だからこそ誠実に生きることの大切さを痛感していたのかもしれませんね。

吉田松陰の名言5:本物の誠実さがあるならば行動しなさい

至誠にして動かざる者は 未だ之れ有らざるなり

【現代語訳】
こちらが誠の心を尽くしても、感動しなかったという人はいない。
誠を尽くせば、人は必ず心動かされる。

(本当の誠実さを持ちながら行動を伴わない人はいないのだから、本物の誠実さがあるというのであれば行動しなさい)

この言葉は、もともとは中国の思想家・孟子もうしの教えの一節です。
江戸時代は特に儒教を重じていまいした。吉田松陰も積極的に儒教を学び、
好んで引用していました。

吉田松陰の名言6:誠を実現するためには、実行、専一、継続の三つが大切である

誠(まこと)の一字、中庸(ちゅうよう)尤(もっと)も明らかに之れを洗発す。謹んで其(そ)の説を考ふるに、三大義あり。一に曰(いわ)く実(じつ)なり。二に曰く一(いつ)なり。三に曰く久(きゅう)なり。

【現代語訳】
「誠」は『中庸』の中ではっきりと言い尽くされている。「誠」を実現するためには、実(実行)、一(専一)、久(継続)の三つが大切である。

「中庸」は儒教の経書の一つです。
吉田松陰が24歳の時、当時の萩藩主 毛利敬親もうりたかちかへ宛てた上書の中で、「誠」をどう実践していくのかを説きました。

吉田松陰の名言7:人の行いは誠実で、自分の心に嘘をつかないことが大切である

士の行(おこない)は質実、欺かざるを以て要と為し、巧詐(こうさ)、過ちを文(かざ)るを以て恥と為す。
光明正大(こうめいせいだい)、皆是れより出づ。

【現代語訳】
人の行いは誠実で、自分の心に嘘をつかないことが大切である。うまくごまかしたり、失敗を取りつくろったりすることを恥とするものである。これが公明正大の出発点である。

名言2と同じく、吉田松陰がいとこの玉木彦介の元服に際して贈った「士規七則」に出てくる言葉です。

吉田松陰の名言8:命をかけて貫くまごころは、限りなく多くの人々を感動させる

一誠(いっせい)、兆人を感ぜしむ

【現代語訳】
命をかけて貫くまごころは、限りなく多くの人々を感動させる。

吉田松陰が27歳の時、勤皇僧 宇都宮黙霖うつのみやもくりんへの手紙に綴った言葉です。
命がけで貫く真心は、いつの時代も人々を動かす力があったのだと実感しますね。

吉田松陰の名言から学ぶ「心」のあり方

吉田松陰は心のあり方も教えてくれます。
この先行きの見えづらい世の中に生きる私たちも、どのように生きるか悩み、様々なことで苦しむことがあります。どのような状況にあっても、自分の心をしっかり持って生きていきたいものです。
吉田松陰の教えてくれる心のあり方は、現代に生きる私たちにとっても大切なことを教えてくれます。

吉田松陰の名言9:仁とは人間にそなわった人を思いやる心である

仁(じん)とは人なり。人に非(あら)ざれば仁なし、禽獣(きんじゅう)是(こ)れなり。仁なければ人に非ず、禽獣に近き是なり。必ずや仁と人と相合するを待ちて道と云(い)うべし。

【現代語訳】
仁とは人間にそなわった人を思いやる心である。鳥や獣には仁がない。仁がなければ人間ではなく、鳥や獣に近いものになってしまう。従って、仁がそなわった人間としての行動こそが人の道ということができる。

吉田松陰が27歳の時に著した、講孟余話こうもうよわの尽心下に出てくる言葉です。
講孟余話とは、吉田松陰が孟子についてまとめた本で、作成中は「講孟剳記 こうもうさつき」といわれましたが、完成と同時に「講孟余話」と改題されました。
1854(嘉永7)年、吉田松陰はペリーの来航に合わせ密航を試み、投獄され、獄中で囚人を相手に論語や孟子を講じました。
この時の話がもとになって「講孟余話」が成立たといわれています。

吉田松陰の名言10:心は公で、普遍的なものでなければならない。

体は私(わたくし)なり、心は公(おおやけ)なり。
私を役(えき)して公に殉(したが)う者を大人(たいじん)と為(な)し、公を役して私に殉う者を小人(しょうじん)と為す。

【現代語訳】
体は私で、個別的なものであり、心は公で、普遍的なものでなければならない。
私の肉体を使って、身をかえりみずに公のために役立てる者はりっぱな人であり、公である心を私の欲望のために満足させることに使おうとする者は、徳のないとるに足らない人である。

1856(安政3)年、丙辰幽室文稿へいしんゆうしつぶんこう七生説の中で、吉田松陰が言った言葉です。
丙辰幽室文稿は松陰の所感や随筆など短文をまとめた書物で、密航に失敗した吉田松陰が、実家の杉家に幽閉された際にまとめられたものです。

吉田松陰の名言11:私心が除き去られないと、私心にとらわれて道に反することとなる

私心さえ除き去るならば、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし

【現代語訳】
私心が除き去られないと、みんな私心にとらわれて、道に反することになる

こちらも「講孟余話」の言葉です。もとは陽明学ようめいがくから来ている考えです。
自分本位の心に囚われてしまうと、時に道を誤ってしまうことがある。自分本位の考えを一度外し、客観的に見ることは現代においても非常に大切ですよね。

吉田松陰の名言12:1か月でやり遂げることができないならば、2か月かけてやればよい。2か月でできなければ、百日かけてやればよい。

一月(ひとつき)にして能(よ)くせずんば、則(すなわ)ち両月にして之(こ)れを為さん。両月にして能くせずんば、則ち百日にして之れを為さん。之れを為して成らずんば、輟(や)めざるなり。

【現代語訳】
1か月でやり遂げることができないならば、2か月かけてやればよい。2か月でできなければ、百日かけてやればよい。

吉田松陰が『丁巳幽室文稿』で松下村塾生に向けてかけた言葉です。
うまくいかない、やり遂げることができないからと諦めるのではなく、できるようになるまでやり続けることが大切だ、と継続する事の大切さを教えてくれています。

吉田松陰の名言から学ぶ「学」ぶことの大切さ

吉田松陰は松下村塾で数々の名士を教育したことで有名ですが、投獄中も囚人相手に論語を教えるなど、生涯を通じて最後の瞬間まで指導者であり続けました。吉田松陰は「学」無事の大切さについても多くの名言を残しています。

吉田松陰の名言13:たくさんの本を読んで人間としての生き方を学ばない限り、後世に名を残せるような人になることはできない。

万巻の書を読むに非(あら)ざるよりは、寧(いづく)んぞ千秋(せんしゅう)の人たるを得ん。
一己(いっこ)の労を軽んずるに非ざるよりは、寧んぞ兆民の安きを致すを得ん。

【現代語訳】
たくさんの本を読んで人間としての生き方を学ばない限り、後世に名を残せるような人になることはできない。
自分がやるべきことに努力を惜しむようでは、世の中の役に立つ人になることはできない。

松下村塾聯しょうかそんじゅくれん」として知られている言葉です。
聯(れん)とは、書などを書いて柱や壁に掛ける飾りのことで、松下村塾の書面の竹に刻まれているのを今も見ることができます。
本には、先人たちの知恵や生き方が詰まっていて、私たちは本を通じていつでも学ぶことができます。インターネットがこれだけ普及した今、ふと立ち止まって本を読み先人たちの知恵や生き方を学ぶものいいかもしれませんね。

吉田松陰の名言14:もしも天下の大義に対するいきどおりの心を忘れないのであれば、一日たりとも学問を怠ってはならない。

仮令(たとい)獄中にありとも敵愾(てきがい)の心一日として忘るべからず。苟(いやしく)も敵愾の心忘れざれば、一日も学問の切磋(せっさ)怠るべきに非(あら)ず。

【現代語訳】
たとえ牢獄にいても、天下の大義をそこなうことについて、いきどおりの心を忘れてはならない。もしも天下の大義に対するいきどおりの心を忘れないのであれば、一日たりとも学問を怠ってはならない。

吉田松陰先生が25歳の時、牢屋の中から知人の小倉健作にあてた手紙に記した言葉です。たとえ投獄中であっても学問への熱意を失わない、吉田松陰の心構えが伝わってきます。
人として最後の最後まで、学び教えを説き続けた吉田松陰の生き様のような言葉ですね。

吉田松陰の名言15:どんな人間でも一つや二つのすぐれた才能を持っている

人賢愚(けんぐ)ありと雖(いえど)も、各々(おのおの)一、二の才能なきはなし、湊合(そうごう)して大成する時は必ず全備する所あらん。
是れ亦年来(ねんらい)人を閲(えっ)して実験する所なり。人物を棄遺(きい)せざるの要術、是れより外(ほか)復(ま)たあることなし。

【現代語訳】
人間には賢愚の違いはあるが、どんな人間でも一つや二つのすぐれた才能を持っているものである。全力を傾けてひとりひとりの特性を大切に育てていくならば、その人なりのもち味を持った一人前の人間になることができる。
今まで多くの人と接してきて、これこそが人を大切にする要術であると確信した。

投獄中も教えを説き続けた吉田松陰。
吉田松陰が、多くの囚人たちを更正させ、牢屋を幸福な場所にするための方策を書いた「福堂策上」の言葉です。
誰しもが個性を持っています。その個性を活かし伸ばしていことがより良い世界を築く道だと吉田松陰は思っていたのでしょう。

吉田松陰の名言から考える「死」について

若干29歳の若さでその生涯を終えた吉田松陰は、生前「死」について深い言葉を残しています。最後の瞬間まで学び、教えを説き続けた吉田松陰の死生観を見ていきましょう。

吉田松陰の名言16:死ぬことによって志が達成できるならば、いつ死んでも良い。

死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。

【現代語訳】
死ぬことによって志が達成できるならば、いつ死んでも良い。
生きていることで大業の見込みがあれば、生きて成しとげれば良い。

高杉晋作が「男たるものどのように死ねば良いか」と尋ねたことに対し、手紙で返信した言葉です。
志のために、どう生きるか、どう死ぬか。たとえ命をかけてでも成し遂げる、覚悟を垣間見れますね。

吉田松陰の名言17:人間として恥ずかしくない生き方をすれば、まどわされることなくいつでも死を受け入れることができる。

死は好むべきにも非(あら)ず、亦(また)悪(にく)むべきにも非ず、道尽き心安んずる、便(すなわ)ち是(こ)れ死所。

【現代語訳】
死はむやみに求めたり避けたりするものではない。人間として恥ずかしくない生き方をすれば、まどわされることなくいつでも死を受け入れることができる。

これも高杉晋作に宛てた手紙に残した言葉です。死を恐るのではなく、受け入れるのだ。その瞬間まで精一杯生きていれば恐ることはない。といったことを教えてくれています。まさに、吉田松陰の人生そのものを現している言葉ですね。

吉田松陰が詠んだ辞世の句とは?

1859(安政6)年吉田松陰は、攘夷運動の先鋒者であった梅田雲浜(うめだうんぴん)と面会していたことを理由に投獄され、自ら老中暗殺計画などを告白し、死罪になりました。松陰は父、叔父、兄宛に「永訣書」を、弟子宛に「留魂録」を書き、辞世の句を残しました

吉田松陰の名言18:弟子宛の辞世の句

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

【現代語訳】
私の身が武蔵の地で朽ちてしまおうとも、大和魂だけは留めておきたいものだ

「留魂録」冒頭に記された言葉です。
死は肉体の死であって、心が死ぬのではない。最後まで教育者として、自分の志を貫いた吉田松陰が弟子に当てた言葉は、感慨深いものがありますね。

吉田松陰の名言19:家族宛の辞世の句

親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん

【現代語訳】
私が親を思う以上に、私のことを思ってくれる親心。今日私が処刑されることを、どのように聞いておられることだろう

「永訣書」に記された言葉です。
指導者として塾生を思う気持ちを、親が自分のことを思ってくれている気持ちと重ね合わせたのではないでしょうか。

吉田松陰の名言20:辞世の句として詠んだ漢詩

我今為国死
死不背君親
悠々天地事
鑑照在明神
「我、今、国のために死す。死して君親に背かず、悠々たり天地の事。鑑照は明神にあり」

【現代語訳】
私は今、国のために命を捧げる。これは決して主君や親に対する忠孝の道に背くことではない。はるかなこの国の行く末を憂うばかりだ。神々よ、どうか御照覧ください

その最後の瞬間まで吉田松陰は堂々としており、処刑する役人に「ご苦労様」と声をかけたと言われます。
自分の命を奪う役人にねぎらいの言葉をかけれるほど、吉田松陰の心は澄み切っており、死しても志を遂げるという覚悟も垣間見れる、なんとも吉田松陰らしい言葉ですね。

吉田松陰の名言といわれている言葉

夢なき者に理想なし、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。

吉田松陰の名言として有名な言葉ですが、出典・原文は確認することができませんでした。自分の志を貫いた有言実行の吉田松陰が語りそうな、素晴らしい名言ですね。
夢を持ち、理想を実現するために計画し、それを実行することで成功できる。
裏を返すと、夢や理想を持たないものは何も計画しないし実行しない、よって成功もできない。という当たり前のことのように感じますが、心に深く響く言葉ですね。

幕末の志士を育てた吉田松陰の名言は、今も私たちの心に響いている

吉田松陰の名言には、現代に生きる私たちの心に響く、力強さが込められていました。
今回の内容をまとめると、

  • 吉田松陰は名言で志や誠実であることの大切さを説いていた
  • 吉田松陰は自分の志に従い、有言実行を貫いた
  • 後世に伝わる辞世の句を残し、堂々とした最期を迎えた

松下村塾でたくさんの生徒を教育し、果ては投獄された獄中でも教えを説き続けた吉田松陰。その言葉の裏には、国を思っていた吉田松陰の真理が込められていました。
先行きの見えづらい現代に生きる私たちにとっても、吉田松陰の言葉は人生を生きていく上でのヒントをくれますね。

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