伊達政宗の名言15選!五常訓から辞世の句まで、逸話を交えて意味を徹底解説!

伊達政宗の名言15選!五常訓から辞世の句まで逸話を交えて意味を徹底解説!

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伊達政宗(1567~1636)は、出羽国と陸奥国(現在の東北)の戦国大名です。幼少時に天然痘を患い右目を失明し、隻眼となったことから後世で「独眼竜」と呼ばれるようになりました。
伊達政宗は一般的に人気が高く、有名なところだと、漫画『花の慶次』やゲーム『戦国BASARA』などに取り上げられています。どうしてこんなに政宗は人気があるのでしょうか?
それは、彼の生き様や残した名言によるところが大きいのです。今回は、伊達政宗が残した名言を、五常訓から辞世の句まで交えて解説していきます。

伊達政宗に関しては、こちらの記事でも詳しく解説しております。

>>伊達政宗の年表を簡単に解説!どんな人だった?主な戦いや功績、政策は?>>

目次

伊達政宗の座右の銘は「五常訓」

伊達政宗の座右の銘であった「五常訓」です。これは、伊達政宗流の処世術の基本となっています。

仁に過ぎれば弱くなる
義に過ぎれば固くなる
礼に過ぎればへつらいになる
智に過ぎれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする

以上の5つが五常訓と呼ばれるものです。
これは、儒教の五徳「仁義礼智信」に基づいて考えられていてます。
仁は「思いやりや優しさ、人を慈しむ心」
義は「自分の利益にとらわれず、正しい行いをして筋を通すこと」
礼は「礼儀作法や相手に対する敬意」
智は「知識や経験を積み、正しい判断をくだすこと。洞察力」
信は「人を信頼し、誠実であること」
という意味があります。

現代風に訳すと、
人を思いやり優しくしすぎると、意見も言えないくらい自分が弱くなる
自分自身の正義を貫きすぎると、動きも考えも固くなり融通がきかなくなる
礼儀正しさがすぎると、相手に媚びへつらっているように見えてしまう
知識が付き賢くなりすぎると、上手く嘘をつくようになってしまう
他人を信頼して誠実に尽くしすぎると、自分が損をしてしまう

政宗はこれらを守って生きることが、安泰に暮らせる極意なのだと心得ていたのです。

伊達政宗に関しては、こちらの記事でも詳しく解説しております。

>>伊達政宗の年表を簡単に解説!どんな人だった?主な戦いや功績、政策は?>>

伊達政宗の辞世の句

伊達政宗の辞世の句をご紹介していきます。そもそも辞世の句とは、この世を去るときに詠む漢詩や和歌などのことを指します。
伊達政宗の辞世の句は、

「曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く」
現代訳:
「何も見えない闇のような時代の中で、月の明かりを頼るように、自分の信じた道をただひたすらに歩んできた人生だった」

伊達政宗は母親に嫌われ殺されかけたり、実の弟を手にかけたりと、激動とも言える人生を送ってきました。
そんな中でも、自分の信じた道をひたすらに歩んできたからこそ、戦国時代では大往生とも言える年齢まで生きながらえることができたのでしょう。

健康に気をつけていた伊達政宗でしたが、1634年(寛永11年)頃から食欲不振や嚥下に難を抱えるといった体調不良を訴え始めます。
そこから段々と弱っていき、2年後の1636年(寛永13年)に亡くなります。享年70歳でした。
これは当時で言えばかなり長生きと言えるでしょう。
ちなみに、政宗の死因は食道癌と癌性腹膜炎の合併症だったと断定されています。
臨終の際は、「伊達男」の名にふさわしく、妻子にも死に顔を見せない心意気だったようです。

伊達政宗の死因、最後の姿に関してはこちらの記事に詳しくまとめてあります。

伊達政宗の名言3:まともでない人間の相手をまともにすることはない

この名言は、伊達政宗が朝鮮出兵する際に、天皇上覧のためのパレードで放った言葉になります。

伊達政宗はその際、戦装束をかなり派手めなものにしていました。そして、それを見た家臣たちからは指摘が飛び交いました。しかし、主君である豊臣秀吉は派手好きであったため、伊達政宗のその出で立ちを大層気に入ります。
このことを受けて、政宗はこの名言を放つのです。
つまり、この言葉の真意としては、
「自分のことを理解しない人は放っておけ」ということになります。
価値観の合わない人とまともにやりあっても、時間の無駄であると政宗は言いたかったのでしょう。

伊達政宗の名言4:物事、小事より大事は発るものなり。油断すべからず

この名言には、
「問題は小さなことから積み重なって大きくなるので、決して油断はするな」
という意味が込められています。

伊達政宗が20歳の頃、政宗の父親が敵方に人質として捉えられていたことがありました。
普通であれば、人質が居るのですから、政宗は敵方をむやみに攻撃することができませんよね。しかし、敵方は政宗が攻めて来る前に、父親を殺してしまいます。どうせ人質なのだから、先に殺そうが後に殺そうが構わないだろうとたかをくくっていたのでしょう。

それを見逃さなかった伊達政宗は、容赦なく鉄砲で敵方を皆殺しにします。
このように些細なことだからと見逃していると、それが大事になりかねないということを、伊達政宗は自分のモットーとして心にとめていたようです。

伊達政宗の名言5:気長く心穏やかにして、よろずに倹約に用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思えば何の苦しみもなし

政宗の師匠は仏教徒のお坊さんで、その方からの教えを倣い、伊達政宗が心のモットーとしていた名言がこれになります。

これは、
「気持ちを楽にして心穏やかになりなさい。そして、全てにおいて倹約をし、金銀を蓄えなさい。倹約の仕方は少しばかり不自由と感じるくらいにしなさい。この世に客人として生まれてきたと考えれば、苦しいと思うこともないでしょう」
という意味が込められています。

伊達政宗は特に後半の
「この世に客に来たと思えば何の苦しみもなし」
の部分をよく口にしていたそうです。
どんなに不自由に悩んでも、この考えがあれば多少のことでは苦しまなくて済むということなのでしょう。

伊達政宗の名言6:歴史を読めば、最大の敵は外から来ない。不平分子が家を亡ぼすのだ

伊達政宗が歴史の流れを読み、常に気をつけていた名言がこちらです。
この名言には、
「歴史を見てみると、最大の敵は外からやってこない。集団の中の不平分子が家を滅ぼす最大の敵であるのだ」
という意味が込められています。

ちなみに不平分子というのは、集団の中にいて、現在のやり方に不満を持っている人物のことを指します。
戦国時代における不平分子は、いつ謀反などを起こしたりするかわからないので油断できません。また、元々は味方なのですから、当然内部の事情にも明るく、比較的簡単に家を滅ぼせてしまう恐ろしい存在でもあると言えます。

不満を持ったものをそのままにしておくと、いずれ内から滅ぼされるということを常に意識していたのでしょう。だからこそ、伊達政宗は主君にも家臣にも気配りを忘れず、注意を払っていたのかもしれませんね。

伊達政宗の名言7:茶器を割ったのではない。自分の器量の小ささを割ったのだ

この名言は、非常に高価な茶器を前にした際に放たれたものです。
現代約すると、「茶器の値段を聞いて驚いてしまった、自分の器量の小ささを壊したのだ」
となります。

人の上に立つ人間には、器の大きさが必要となってきます。
そのことを理解していた政宗は、茶器の高い値段ごときに驚いてしまった自分を恥じたのでしょう。そのため、突然高価な茶器を割ったのです。

己の器の小ささを思い知ったがゆえに、高価な茶器をわざと壊したということからも、伊達政宗がいかに自分に厳しい人物であったかということが伺えますね。

伊達政宗の名言8:若者は勇猛に頼り、壮年は相手の強弱を測って戦う

これは政宗がある戦に参戦した際に放った名言です。その戦では2人の活躍していた武将がいました。
それを見た伊達政宗は、1人は20歳前後で、もう1人は30歳以上だと予測をしました。
そして、合戦後捕らえた2人に年齢を聞くと、その予測は的中していたのです。

なぜ的中することができたのかと家臣に尋ねられた際に、伊達政宗はこの名言を放ちます。
「1人は若さゆえに相手を選ばず勇猛に戦っていた。対してもう1人は相手の強弱によって自分の出方を決めていた。それは知恵と思慮のある壮年だからこその戦い方である」
という意味が込められているのです。

若者が経験や知恵でベテランに追いつくのは難しいですよね。しかし、ベテランは経験や知恵があるがゆえに、若者のように常に全力で戦うことが難しいです。このように、それぞれに利点欠点はあるのです。その人に見合った戦いをすることが大事だと伊達政宗は言いたかったのでしょう。

伊達政宗の名言9:大事の義は人に談合せず、一心に究めるがよし

この名言は、
「重要な事柄は他人に相談しないで、自分一人で決断しなさい」
という意味が込められています。これは、老いた政宗が自分の人生を振り返って家臣に放った名言です。

難題にぶつかったときに、周りに相談してしまうと決断に迷いが生じてしまう可能性があります。さらに、失敗した際に相談した相手に責任をなすりつけてしまうこともできます。逆を言えば、誰にも相談せずに1人で決断したら全ての責任は自分にあります。
そのため、失敗しても割り切れますし、成功したら手柄は全て自分のものになります。

人の上に立つものとしての伊達政宗の責任と覚悟が伺えますね。

伊達政宗の名言10:時を移さずに行うのが勇将の本望である。早く出立せよ

「すぐさま行動してこそ勇将と言えるのです。早く旅立ちなさい」
という意味が込められているのがこちらの名言です。

何か行動を起こすのに後回しにすることは、いつ命を落とすかわからない戦国時代では命取りになります。とりあえず行動に移してみないことには、何もわからないし変えることもできません。

伊達政宗はそのことをきちんと理解していたからこそ、このような発言をしたのでしょう。
思いついたら行動してみることの大事さを学ばせてくれる名言です。

伊達政宗の名言11:わきて釣りには他念なきものなり。太公望、おもしろがりたるも道理かな。罪も報(おくい)も後の世も忘れはてておもしろやと、げにさもあらずるものを

この名言は太公望(豊臣秀吉)の趣味であった釣りを政宗もしてみた際に放ったものです。
意味としては、
「釣りというものは本当に面白い。太公望が夢中になるのも理解できる。殺生は罪だと教わってきたが、そんなことも忘れてしまうくらい楽しい遊びだ」
というものです。

戦国時代なので、当然激しい戦も多かったでしょう。しかし、そんな中でも伊達政宗はしっかりと趣味を見つけて楽しんでいたということがわかります。ときには全てを忘れて趣味に興じるのも良いということを伝えたかったのでしょう。
どんなに忙しい日々であろうとも、息抜きは大事なのです。戦と趣味のメリハリがついていたことも、伊達政宗の強さの一因なのかもしれません。

伊達政宗の名言12:曾(かつ)て我が物と思ったもの、一として我に伴うはない。我は客人であったのである

この名言は、伊達政宗が自分の人生を振り返った際に放ったものです。
この名言の前にも
「百万長者のような人でも、人生の終わりに手にするものはお墓くらいしかない。財産も家族も全てを残して1人旅立つのだ」
という意味の言葉があり、そして、この名言に続きます。

現代約すると、
「人生で自分の物にしたと思っても、何一つとして自分にはついてこない。やはり自分はこの世に客人としてきたのだ」
という意味が込められています。
「気長く心穏やかにして、よろずに倹約に用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思えば何の苦しみもなし」
という名言にもあったように、政宗がこの世に客人として生まれてきたのだということを痛感しているのが伺えます。非常に人生の儚さを感じさせる名言ですね。

伊達政宗の名言13:今日行くをおくり、子孫兄弟に良く挨拶して、娑婆の御暇申すがよし

これは政宗の遺訓の1つです。
「自分はまもなくこの世を離れるが、子孫や兄弟にありがとう、頑張れよと声をかけて旅立てるのが幸せである」
という意味が込められています。

伊達政宗は、この世の客人である自分が、子孫たちに言葉を残していけることにこの上ない喜びを感じていたのでしょう。儚い言葉のように思えますが、この世に悔いはないという気持ちも伝わってきますね。

最後まで色々な人への気配りを忘れなかった、伊達政宗らしい言葉と言えるでしょう。

伊達政宗の名言14:馳走とは旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理してもてなすことである

政宗は当時としては珍しく、自分で料理を行う人物でした。
この名言の意味は、
「ご馳走とは主人が自ら調理を行い、旬の品をさり気なく出してもてなすことである」
というものです。

その季節の旬のものを使った料理はそれだけで美味しいものですが、さらにそこの家の主人が調理をしてくれたとなれば、嬉しさも相まってより美味しく感じることができるでしょう。普段料理をしなさそうな人が振る舞ってくれたら、意外性もあり、もてなされた側は喜ばしいですよね。

伊達政宗は他人を気遣える人でしたから、そういった客人の気持ちをわかっている人でした。
おもてなしは、美味しい料理を振る舞うことだけでなく、このような心意気も込めてこそであると伝えたかったのでしょう。

伊達政宗の名言15:仮初にも人に振舞候は、料理第一の事なり

「馳走とは旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理してもてなすことである」
名言にも通じるのがこちらの名言です。
これは、
「誰かをもてなすときに大切なことは、自らが調理をして心を込めた料理であることである」
という意味が込められています。

この名言からは、伊達政宗が人をもてなすことを大切にしていたこと、そして、そこに自分の料理はつきものだと考えていたことが伺えます。

また、この名言には続きがあり、
「人任せにして悪い料理を出して腹痛などを起こしてしまったら、こちらの気遣いが台無しになる」
ということも言っています。
伊達政宗が、いかに自分の料理に強いこだわりと自信を持っていたことがわかる名言とも言えます。

まとめ:伊達政宗の名言には、伊達政宗の人生観が詰まっていた

伊達政宗の名言をたくさんご紹介してきました。どの名言も伊達政宗の人柄がよく出ている名言だったように思います。
今回の内容をまとめると、

  • 伊達政宗の座右の銘は、「五常訓」
  • 伊達政宗の辞世の句は、「曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く」
  • 伊達政宗は、心のモットーとしていることを名言として度々放っている
  • 伊達政宗の名言からは、伊達政宗が様々なところに気遣える人柄だということが伺える
  • 伊達政宗は、人の上に立つものとしての責任なども強く感じていた
  • 伊達政宗は、自ら料理をすることに強いこだわりを持ち、おもてなしとはなんたるかを常に意識していた

どの名言も伊達政宗の人生観が詰まっていて、現在を生きる私達にも活かせるものばかりでした。
何かに迷ったとき、伊達政宗の名言を参考にしてみてもいいかもしれませんね。

伊達政宗に関しては、こちらの記事でも詳しく解説しております。

>>伊達政宗の年表を簡単に解説!どんな人だった?主な戦いや功績、政策は?>>

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